ほうざんのもしかするとためになる話

少しでも役立つ情報を掲載できればと思っております。

人生の正解は自分でつくるものです

どうも。

 

他人にも、自分にもついつい甘くしてしまうことで有名なえるこんです。

 

私は人生に悩むことが非常に多いです。

 

いつも、何か人生における正解(答え)を求めて生きていましたが、あることがっかけ人生の正解は自分でつくるものだと考えるようになりました。

 

今回は、人生の正解は自分でつくるものというテーマで、私のきっかけとなった出来事も織り交ぜながら書いていきます。

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人生における絶対的な正解はない

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人生というのは、人のそれぞれです。

 

70億人以上いるとされる人間には、1人1人の人生があります。

 

全員が同じで考えで、同じ行動はしません。

 

だからこそ、人生における絶対的な正解などはありません。

 

しかし、人生における絶対的な不正解(正しくないこと)はあります。それは人を傷つけることです。(人生というテーマなので動物については考えないようにしています)

 

そのため人生というのは、まずは不正解つまり、正しくないことをやらないことを理解することが大切になるのです。

 

人生の正解は自分でつくるものだと考えたきっかけ

私が尊敬する、私の祖父の言葉です。

 

長生きしているだけあって色々な経験をしています。どん底の生活から人並みより少し上の生活まで経験している人です。

 

その祖父は、私が実家に帰省するたびに2つのことを言います。

 

「健康が一番だぞ、身体を大切にな」

「一生懸命頑張っていれば絶対いいことがやってくるよ」

 

初めは、「あー、わかった」と半ば聞き流していましたが、どこかのタイミングで祖父の言葉について深く考えたのです。

 

山あり谷ありの人生を歩み、長生きした祖父が「お金」について何も言わなかった。このことが私にとっては人生を考える転機になったのです。

 

わたしたちは、お金がある人が幸せとどこかで考えてしまいがちです。

 

私は、正にお金が1番と考えていた人間でした。「お金がなければ生きていけない」からです。

 

しかし、祖父にとってはお金があることはそこまで大切だと考えていないようです。

 

むしろ、自分の子供や孫たちが元気でいることの方が大切だと考えているようです。

 

このようなことから、私は人生に絶対的な正解はないこと気づき始めました。

 

もちろん、お金を持つことで幸せになり、人生の正解はお金を持つことだと考える人もいます。それは、それでいいのです。

 

要は、人生の正解を自分で決めた結果幸せや満足を得ることができればそれでいいということなのです。

 

だからこそ、人生の正解は自分で決めていいのであって、自分で決めないといけないことなのです。

 

周りの人間に干渉しないこと

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人生における正解について考えるときに避けることのできない邪魔が存在します。

 

それは、周りの人です。

 

私は、元々「お金が全て」と考えていたので余計に周りの人が嫌でした。

 

私の人生の正解はお金ではありません。

 

そのため、街中で高級品を身につけている人を見るのが辛い時期がありました。

 

「高い車乗り回して羨ましい。きっと収入がたくさんあるのだろうな。」とか、「ガキのくせに高いバッグもっているな。どうせ親のスネ齧ってるのだろ。」みたいに、お金を持ってて楽しそうな人たちを羨むような妬むような感じでした。

 

結論から言うと、他人と自分を比べることが間違っているのです。

 

自分の人生の正解がお金ではないというのでらあれば、お金を持っている人のことなどどうでもいいのです。

 

いちいち、比べる必要がないのです。お金がある人はその人で人生の正解を自分で決めているかもしれないので、それでいいのです。

 

それに、他人と比較してしまうということは自分の人生の正解に自信がなく、ブレてしまうからなのです。

 

一度、人生の正解を自分で決めたからには自信を持たなければなりません。

 

他人の人生について干渉すればするほど自分の人生の正解がブレまくります。そうなれば、全てが中途半端になり最悪の人生になりかねません。

 

他人に興味を持たないということではありません。興味を持ったとしても、それはそれでアリだというくらいに考えることが大切です。

 

人生の正解は大切にしたいことを考えると見つけやすい

大切にしたいことを人生における正解にすることは可能です。

 

だからこそ、自分にとって大切なことは何か?と考えることが必要になります。

 

仕事、家族、健康、お金などなんでもいいです。ただし、人を傷つけるようなことだけは何があっても正解にならないです。そこだけは勘違いしないようにしないといけません。

 

あとは、自分が決めた人生の正解が不正解でなければ周りと人と違っていたり少しずれていても気にしないことです。

 

人生の正解を決める時点で周りのことを気にしだすと、結局は他人の人生の正解で自分は生きていくことになります。人間は機械ではないので自分で考えることが大切です。

 

人生の正解はすぐに見つけなくてもいい

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人生の正解を見つけることが遅くなることは悪いことではありません。

 

むしろ、普通に生活していれば、人生の正解なんて考えることはないです。

 

何か、苦しむとかとてつもなく嬉しいみたいなことがないと考えないと思います。

 

死ぬまで人生の正解をつくらなくても問題はありません。

 

人間は死ぬまでにたくさんの経験をします。そのため、誰でも無意識には人生の正解をもっているのです。

 

話がごちゃごちゃしましたが、人生の正解を持っていないという人でも無意識には大切にしている正解みたいなものは誰でも持っているということです。

 

人生の中で、様々な経験をすると1つのことについても10年前と今では考え方が180度変わることはよくあります。

 

そのためすぐに正解を決めてしまうと、かえって人生がブレやすくなります。

 

早く人生の正解を決めることに越したことはないのですが、どちらかと言うと何年、何十年とか 考えてから人生の正解を決めるべきです。

 

もし、それでも正解がわからなかったらそれでいいのです。人生の正解について考えていれば人を様々な視点で見ることができるようになるので、なんとなくこれは自分にとって正解ではないというのがわかるようになります。

 

最後に

人生の正解について考えることは、哲学の領域になります。そのため、難しいです。

 

てすが、考えすぎはダメです。難しいことを考えすぎたら、頭がおかしくなるかもしれないからです。

 

まずはこういう人間になりたい、とか、こんな人間にはなりたくないなどと考えてみてください。

 

そこから、なぜそう考えるのか、ということをひたすら自問自答していくのです。

 

人生の正解は人生の軸と同じです。人生がいかにブレないか、ここが非常に大切です。

 

わたしたちは思考できます。人生について考え抜いてみるのもいいのかもしれません。 

 

それでは。